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是永 寛之 ヴァイス・プレジデント, インフラストラクチャ テクノロジー部, 東京

キャリアが何年になろうとそれは誰も同じ。
取引会社の技術者らと情報交換をしながら、
積極的に学習をする毎日です。

My Work 

株式にしろ債券にしろ、トレーディングにはテクノロジーが不可欠です。例えば私が担当するのは、株価、ニュースといった市場情報をリアルタイムにユーザーへ配信するシステム、金融商品取引所とのオンライン売買システムの構築、運用など。これらのシステムなしにトレーディングは成り立ちません。ゴールドマン・サックスの膨大な注文を素早いスピードで実行可能にするのが、私たちの仕事です。

My Day 

出社は午前9時30分。子供を小学校に送ってから出社するので、この時刻になります。午前10時にはミーティングに入るので、携帯端末を使い、通勤の電車の中でeメールをチェックしておきます。火・木曜はチームミーティング、水曜はシステム会社の方とのミーティングと、午前中は定例のミーティングで埋まります。

昼食は正午頃。ミーティングが長引いた日は、例えばシステム会社の方たちとそのままランチに出かけることも。

午後1時からはプロジェクト作業です。市場データのシステムを新しいものに移行させるプロジェクトが進んでおり、その作業を進めます。今回は若いメンバーにある程度任せてみることに。

午後3時にはコーヒーブレイク。チームメンバーと社内のカフェで一息つき、午後3時15分頃からは再び作業開始。そのまま退社時までプロジェクトの作業にあたります。

退社は午後7時30分。自宅で午後9時からの電話会議に参加できるよう、退社します。通勤時間は1時間ほど。夕食もそれまでに済ませておきます。

そして午後9時から1時間ほど電話会議。それが終わるとようやく、仕事から解放されます。もう、子供は寝てしまったようです。

My Path 

大学院ではロボットの研究をしていましたが、就職活動にあたってはあまり枠を決めずいろいろな会社を訪問しました。私が就職の条件として重視していたのは、次の三つでした。専門的なスキルを身につけられること、英語を話せる環境であること、そしてIT関連の業務に就けること。

当時は、金融の会社でいかにテクノロジーが重要かという認識すら、ほとんどありませんでした。そんな折、ゴールドマン・サックスに勤めていた大学の先輩に話を伺う機会があり、その先輩に勧められてゴールドマン・サックスのテクノロジー部のセミナーに参加しました。

そこで詳しく話を聞くうちに、この会社が私の「就職3条件」をすべて満たしていることに気づいたのです。私は迷わずテクノロジー部を志望しました。

Myself 

入社して最初の仕事は、社内のシステムをウィンドウズ3.1からウィンドウズNTにアップグレードするプロジェクトでした。私は経理やオペレーションなどバック・オフィスのシステムを主に担当しました。ただOSをインストールするだけではなく、コストについて資料を作成して各部門長から導入の承認を得る作業、あるいはアップグレードによって生じる可能性があるシステム的な不具合について、事前に検証を重ねる作業など、課題は様々でした。

ゴールドマン・サックスのシステムは世界で規格統一されています。従って、多くの作業はニューヨーク本社と相談しながら進める必要があります。英語を使える環境は自ら望んだものだったのですが、必要とされる英語力の高さに、最初は苦労しました。

3年目の頃に簡単な組織変更があり、システム管理チームが細分化されました。当時、将来のキャリアのために何か別の業務に就いてみたいと考えていた私は、海外勤務を希望しました。上司に積極的にアピールし続け、3ヶ月ほど経った頃、「香港のマーケット・データ・チームはどうか?」という話がきました。「ぜひ」と即答しました。

香港勤務は2001年からで、入社5年目でした。海外勤務をして気づいたのは、国が違うとシステムにもローカルな特性があるということ。世界統一規格とはいえ、香港の法律の問題など地域事情を解決するには細かいアプリケーションが必要です。実際に現地へ行ってみないと、その必要性は実感しにくいものだと思いました。

香港のチームは現地の人のほか台湾から1人、イギリスから1人と国際色豊かな職場でした。コンピュータ・サイエンス専攻の人もいて、勉強になりました。異文化の中で生活する楽しさが味わえたのも、素晴らしい体験でした。

2003年、同じマーケット・データ・チームに所属したまま、東京に戻りました。それが今の部署です。当時日本の本社は赤坂にあったのですが、六本木ヒルズに移転することになり、上司から「移転プロジェクトに来ないか?」と誘われたのが帰国のきっかけでした。本社移転プロジェクトは私がこれまで体験したことのない規模のもの。新しいことを学ぶ絶好の機会だと、期待しました。

この時はデータ・センターをユーザーのPCと別の場所に置くという条件があり、ニューヨーク本社やロンドンの技術者らとも相談しながら作業を進めました。大きなプロジェクトであるためクリアすべき課題も多く、時間も労力もかかりました。が、その甲斐あって移転後のシステムの実稼働では驚くほどトラブルがなく、ホッとしたのを覚えています。

今、私はヴァイス・プレジデントという立場にあります。しかし様々なプロジェクトに参加し、会社のシステムをよりよくしていくという業務内容そのものは、新入社員の頃と何ら変わりません。またコンピュータを取り扱う仕事である以上、最新の技術情報には常に敏感でなければいけません。キャリアが何年になろうとそれは誰も同じ。取引会社の技術者らと情報交換をしながら、積極的に学習をする毎日です。