流転の海 ― 宮本輝
著者の父をモデルとした主人公(松坂熊吾)と、その妻と息子3人の波乱万丈の人生を、終戦直後から約20年にわたって描いた全巻九部からなる長編小説で、第一部の執筆開始から第九部完結編まで実に37年もの歳月を要した作品です。人の生死を題材の中心に据えながら、著者独特の非常に読み進めやすい文章の中に、ひとりひとりの登場人物についての奥深い描写がなされており、功罪含めて人間の奥深さが小説全体を通じて感じられる内容となっています。自己啓発、自己研鑽などのテーマから一旦離れて、少しゆっくり大きな時の流れを感じたい時などにお勧めの一冊です。
赤松 房枝(ゴールドマン・サックス証券株式会社マネージング・ディレクター)
Rogue Trader ― Nick Leeson
イギリスの名門投資銀行ベアリングス銀行を、1995年に破綻に追い込んだ一銀行員、Nick Leesonの手記です。私が金融機関の内部監査に転職したばかりの頃に、先輩から必読書だと言われて読んだ本です。監査人や管理部門の在り方を学ぶための教科書という意味合いもありましたが、臨場感溢れるストーリーにも引き込まれ、無我夢中になって読んだことを覚えています。
今回のコメントを書くにあたり、再度読み返してみると、最初に読んだ20年以上前とは違う観点からも学ぶことの多い本だと気づきました。実際に起きたとは信じがたいと同時に、人は多くの場合、聞きたいことだけを聞き、見たいものだけを見るものだということを痛感しました。健全な組織構造、客観的な分析に基づいて意見が言える企業文化の醸成、管理職による適切な監督など、どれが欠けても惨事は起こりえるということを改めて考えさせられました。
実際にあった話ですが小説のようなストーリー性もあり、また金融業界に入られたばかりの方から管理職の立場にいらっしゃる方まで楽しめる一冊かと思います。
氷点 ― 三浦綾子
筆者の三浦綾子さんは旭川のご出身で、私が北海道に住んでいた頃、「氷点」についてはよく耳にしていましたが、実際に読んだのは北海道を離れてしばらく経った中学生の時です。当時の私にはやや理解しにくい部分もあったものの、その小説の世界に大いに引き込まれました。「氷点」は「原罪」という重いテーマを背景としながら、衝撃的なストーリー設定と描かれている家族の細やかな心理描写で「氷点ブーム」を起こした作品です。その後、何度もドラマ化されているので、ご存知の方も多いと思います。
「氷点」の主人公の一人、善意を絵に描いたような陽子ちゃんの考え方、前向きさは、私にとても大きな影響を与えました。陽子ちゃんは辛いことがある度に、学校の先生の「汗と涙は人の為に流しなさい」という言葉を思い出して、にこっと笑ってみる、そんな健気な子です。そんな陽子ちゃんが、周りの虚栄心、エゴゆえに、とんでもない悲劇に巻き込まれ、最後は心を凍らす「氷点」に達してしてしまうという悲しい物語です。
舞台となっている北海道の澄んだ空気と雄大な景色を思い出しながら、この夏もう一度読んでみようかなと思っています。
ジョン・ジョイス(ゴールドマン・サックス証券株式会社マネージング・ディレクター)
君もチャンピオンになれる ― ボブ・ボウマン/ チャールズ・バトラー
この本は一見すると典型的な自己啓発本のようですが、内容は意外にも実用的で、実社会に役立つものでした。
この本に出合ったのは、水泳選手になりたいという子供たちと共通の話題を探していた時です。なにしろ私は全く水泳に興味がなかったので、東京の古本屋でこの本を見つけたとき、すぐに買うことにしました。水泳は極めて厳しいスポーツで、年がら年中練習してもわずかしか上達しません。どんな逆境にも耐えて練習を続けていくには、粘り強い意志と厳しい自己管理が必要です。熾烈な競争の金融業界で20年以上失敗を繰り返しながらやってこれたのは、この水泳のGolden Methodを私も無意識に取り入れてきたからではないかと思ったりします。自分の経験がよみがえり、共感する一冊です。
The World For Sale ― Javier Blas / Jack Farchy
最近、物価上昇や資源価格高騰の話題がどの新聞でも取り上げられています。 その背景にあるさまざまな要因も興味深いと思いますが、私はそれよりも世界各地のコモディティ市場で主役となっている企業に興味があります。この本はノンフィクションでありながらも小説のような語り口で、第二次世界大戦後から現在に至るまで、商品取引商社がどのように世界経済とともに発展し、中心的な役割を果たすまでに成長したのかを簡潔に解説しています。資源分野に関する内容は多岐にわたり、とても面白く、また歴史的背景と市場構造などの分析も参考になるでしょう。この本を読むことで、コモディティ市場と実体経済との相互作用が実感できた同時に、価格変動に対する理解も深まったと強く感じました。
道塲 英夫(ゴールドマン・サックス証券株式会社マネージング・ディレクター)
1兆ドルコーチ ― エリック・シュミット/ジョナサン・ローゼンバーグ/アラン・イーグル
「心理的安全性」に関する本を読みたいと思い探していたところ、題名が気になって手に取った一冊です。
シリコンバレーの大企業を成功に導き、そのリーダーたちに多大なる影響を及ぼしたエグゼクティブ・コーチ、「ビル・キャンベル」のコーチングに関する本で、彼がコーチングした経営陣の生み出した企業価値が1兆ドルにのぼることから、このタイトルがついています。具体的なエピソードをもとに書かれており、彼の人となりやコーチングの例を、実話をもとにまとめたとても読みやすい構成になっています。
「リーダーは部下が作る」、「信頼とは、正直さ、謙虚さ、約束を守ること、思慮深さである」、「リーダーは苦しいときこそ先陣にたて」等、貴重なアドバイスが詰まっています。私にとって、読み返すことで自身を振り返る大切な本です。マネージャーの皆さんに手に取っていただきたい一冊です。
峠 ― 司馬遼太郎
司馬遼太郎の著書はほぼ制覇していますが、その中でも特に印象に残っている一冊です。今年、ちょうど映画化もされました。
江戸幕末、激戦となった北越戊辰戦争で、新政府軍に抗戦した越後長岡藩(譜代・小藩)の上席家老、河合継之助の物語です。彼は幕府による封建体制の瓦解、武士の時代の終焉を見抜き、藩政改革や武器の近代化を推し進める等、先見性と実行力を有した人物でした。ところが時代が急変し、新政府軍が時代の勢いに乗り長岡藩に屈服を強い、彼本人が猶予を請うも受け入れられず、最も望まなかった戦いに突入してしまいます。将来を正確に予見していたにもかかわらず、家臣・武士としての運命を甘受し、武士であることに終始し、叶わぬ戦いに挑んだその「矛盾」や「ロマンティシズム」に、ある種の魅力を感じたのかもしれません。長岡藩と罪なき民を犠牲にした点で評価は分かれるでしょうが、読後に何かを感じる本ではないかと思います。やや長編ですが、夏休みの空いたお時間に読んでほしい本です。
二つの本に共通することは、いずれの主人公も30歳代後半から「場所」を与えられることで、自身の能力を開花させた人物である点です。何かを成すのに遅すぎることはないと教えてくれます。
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